辞典で暇つぶし

辞典と図鑑が大好きです。

〔トンボ/難読漢字〕

トンボ。
昆虫の名前である。

漢字では【蜻蛉】。英語では〔dragonfly〕。
雑学以前の常識問題だ。漢字が苦手な人にとっては【蜻蛉】という漢字はそれなりに難読漢字かもしれないが(笑)。

日本語にはヤンマ【蜻蜓】という別の言葉もある。オニヤンマ、ギンヤンマなどお馴染みの昆虫が脳裏に浮かぶ人も多いのではないだろうか。トンボ類の中でも大型の種を指す。前後の脈絡無しで【蜻蜓】が出てきたら果たして読めるだろうか。
日本最大のトンボとして知られるオニヤンマには普通は【鬼蜻蜓】という漢字を当てるが、手持ちの図鑑で偶然【馬大頭】という表記を見つけた。
【馬大頭】おにやんま
漢字マニア以外、まず読めない。そもそもこの表記の由来も国語辞典・漢和辞典の類で見た事がないので今一つ判らない。

日本語ではトンボ全般は「あきつ」【秋津】と称するのは『古事記』の時代から。一部地域には方言として生き残っているかもしれないが現代ではあまり使用される機会のない言葉だ。日本の古名である「あきつしま」には
秋津島秋津洲/蜻蛉洲】
などの漢字が当てられる。
【蜻蛉洲】を「あきつしま」とはなかなか読めないと思うが。難読である。
*元々は「あきづしま」と濁る。

英語ではトンボを意味する言葉は前述の〔dragonfly〕の他に〔damselfly〕という言葉もある。〔damsel〕とは【乙女/少女】の意味。

フランス語で【お嬢様】を意味するマドモアゼル〔mademoiselle〕の〔ma〕は英語の〔my〕に相当し、〔demoiselle〕が英語の〔damsel〕に相当する語である。

さて、この〔damselfly〕だがトンボの種類で言うとイトトンボ類を指している。水辺にいる細い小さなトンボだ。
そして、日本語にもイトトンボ類を指す別の語が存在する。とうすみとんぼ【灯心蜻蛉/燈心蜻蛉】である。「とうすみとんぼ」「とうしみとんぼ」「とうしんとんぼ」「とうせみとんぼ」など言葉としての“揺らぎ”がある。【灯心/燈心】は行灯(あんどん)の芯を意味しており、イトトンボの身体の細さを表現した命名である。
【灯心蜻蛉/燈心蜻蛉】とうすみとんぼ
【行灯】あんどん
難読漢字のオンパレードだ。ついでの難読、
【豆娘】
これもイトトンボである。手持ちの昆虫図鑑に漢字名として載っているのを確認済みだが、これは中国語の〔トウニャン〕で、ネット上の難読漢字を扱うクイズで一度見た経験がある。こんな漢字、昆虫マニアや漢字マニアだってなかなか読めないと思うのだが(笑)。

前述の〔damselfly〕は広義ではイトトンボよりも大型のカワトンボ類をも含む場合がある。黒い翅が印象的なハグロトンボもその一種である。見た目が印象的であるため俗称も多い。
【鉄漿蜻蛉】おはぐろとんぼ
【鉄漿付け蜻蛉】かねつけとんぼ
これらもかなりの難読漢字であろう。【御歯黒】なら読めても【鉄漿】は読めないというパターンが多いのではなかろうか。「おはぐろ」と読ませてみたり「かね」と読ませてみたり、無理矢理漢字を当てている印象もある。

冒頭の【蜻蛉】も「かげろう」と読ませる場合もあり、現代でいうトンボとカゲロウ(昆虫学では全くの別グループ)との混同もある。『万葉集』の時代の「かぎろひ」、平安時代以降の「かげろふ」は気象の【陽炎】を意味する言葉として誕生したものだが、昆虫学では【蜉蝣】という漢字をカゲロウに当てる。
【蜻蛉】とんぼ/かげろう
【陽炎】かげろう
【蜉蝣】かげろう

言葉の混乱と揺らぎ。そして中国語からの転用に和語を当てた結果生まれる難読漢字。更に日本国内で創られた国字。
日本語とは難しい言語だ。
2022.02.16.